きょうは死ぬのにもってこいの日

ザックが死んでしまう。

空のぬけるような青さのなかに、ザックの魂が飛んでいってしまう。

なぜ今日なのか?

 

悲惨な保護犬として我が家にやってきて9年。

初めの1年間は格闘だった。

明け方から日が暮れるまで泣き続ける犬に試したもろもろ。

ペットボトルに砂を入れて物干し台から投げつけて脅したり、お酢とハッカを混ぜたスプレーを鼻先に噴射したり、どなったり、ケージを叩いたり・・。

隣近所からのプレッシャーもたいへんだった。

 

私は、自分以外のものに、こんなに尽くしたことはない。

娘にも、息子にも、これまでのに犬も猫にも。

私は私なりにザックという傷を負った雄犬に、私も同じ傷を負う存在だから、だから尽くした。

これまでの犬にしてきたこと以上のことをこのこたちにはしよう、と決めていた。

お散歩の距離も伸ばし、餌のグレードもあげ、それからちゃんと触れること。

しっかりと手で触れる、そのことを励行してきた。

ああ、それなのに早すぎる死。

なぜ、と思いつつ、水曜日の高幡不動できもちがおかしくなった、あれは予感とかだったのか?

くらくらするほどに喪失、ああ、ザックは死ぬきなんだ、と。

 

帰り道、娘から、ザックとピッキーは多摩川まで散歩に行った、とラインがきて、ああ取り越し苦労か、とこわくて様子をきけなかったことがすこしおかしかった。

 

だから大丈夫、げんきになる、すこしづつよくなっている、そう思った矢先の急変。

ピッキーとやってきた道を、ザックだけ帰って行った。

ピッキーは、これから単独で猫と一緒に生きていかなくてはならない。

 

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黄八丈

ザックは、未だごはんを食べず、玄関の段差を自力で登れなくなってしまった。超音波でも、血液検査でも、はっきりした事がわからないから、やはり異物だろう、これ以上はバリウムとレントゲン、内視鏡か開腹手術か、という獣医の言葉に家族全員途方にくれている。

 

そんな大変な状況、気持ちは乱れ、あたまもまとまらないのだが。

二年ばかり、リサイクル着物のネットで目に付けていた黄八丈

昨年11月に33%まで値引きされたのをもう少し、と待っていたらその後値が下がらない。今年も11月に再び33%オフになった。何度も、返品に応じて貰えるかメール確認したあと、えいっと購入ボタンをタッチ!

届いた着物は、期待を裏切らない品だった。二年間コンピュータ画面で見続けた物なので、なんだか前からあったような気がして、新鮮味がない。

元気のない犬を片目に、やっと試着。

 

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ザックが餌を食べなくなって、すでに二週間。

またへんなものを飲み込んだのだろう、とやっと気づいたときにはすでにかれの内部に深く入り込んでいたのだう。

 

ずいぶん時間がかかってるなあ、と隣のケージで自分用の小さなボールからさっさと食べ終わり、外へ出たくてうずうずしているチビ助を待たせて、寒い玄関でのろのろ喰いを待つ間がもどかしい。

そのとき、とうに異物はかれの臓腑に飲み込まれて、にっちもさっちもいかない状況だったのだ。

半分に減らしても、あれ、たべないや、

と思っているうちに泥水のような下痢と、吐き戻しが始まり、いつもの拾い喰いとは異なる尋常でない様子に朝一番、獣医に連れて行く。

超音波で、別になにがわかるわけでもない。

ただ、すぐにどうこうなるような状態ではない、と内部のガスの状態から判断し、水分の点滴だけ受け、吐き気どめや下痢止めなどは拒否して、連れて帰ってきた。

不思議と下痢はそれでおさまり、翌日はもう硬いうんちが出た。

ところが、餌を食べない。

朝から、近所迷惑な甘え吠えで朝ごはんを要求するザックが、うんともすんとも言わず、餌の入ったボールに鼻をつけようともしない。

手からわずかにあげたものも、吐く。

 

一昨日から、細かく裂いた鳥のササミを少しづつ食べているが、もともと細いからだが、うんと細くなって骸骨のようである。

 

これまで犬や猫を飼ってきて、餌を食べなくなる時は死ぬときである。

心配である。

心配で、こちらもどうにかなりそうだ。

 

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着物

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自撮り棒を使って

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隣人の死

夢。

石村さんが亡くなってから、たまにお孫さんが来て泊まっていく、まったくの空き家というわけではないお隣の家。

その家がついに取り壊され、木々は切られ、黒土が見えている。

きれいに線引きされて真新しいコンクリートの境が設置されている。

まだ残されている木があることに安心する。

丈を詰められて低くなっているが。

ということは、まだここを取り払うってことじゃない、

動揺を抑えている。

 

夢から覚めて、枕に頭をつけたまま、昨日東洋さんが亡くなったことを思い出す。

私道を挟んで向かいの、いつも眺めていた東洋さんの家に、東洋さんが居なくなってしまった。

一昨日救急車が止まって居たのを心配していた。

どうも家の空気がおかしい、と家の外から異変を察知していたが、昨日、思い切って電話をすると、すぐに裏木戸に来て、父が亡くなった、と家族から報告された。

すーっと東洋さんの死が通過してしまい、

大丈夫、けっこう落ち着いている、

と自分を意識し、実はこういうのがヤバいのだ、と思返す。

案の定、家に入ってから過呼吸になる。

喪失でくらくら真っ暗な闇に入り込みそうになる。

はあはあ、息をして、この喪失が、東洋さんの死を通して、実母の喪失につながっている。

 

東洋さんとは、24年前に越して来た時以来、親しく、ときにはあまり親しくなく、おつきあいがあり、海外に居たころは、たまに手紙を書いたり、返事をもらったりしていた。

奥様が、先に亡くなるとはだれも予想していなかったが、そうなった。

しばらく東洋さんは、ひとりで立ちいかず、かといって努力の方であり、じっくりと立ち直り、私とも自然に話しをする関係が復活した。

 

毎朝、毎晩、窓を開けるたびに見ていた家。

その家に、東洋さんが居なくなってしまった。

身内でもなく、友だちという関係でもない。

この思いは、どこで消化できるのだろう。

私は、ただただ、桜の木の下に、お線香を炊いて、手を併せる。

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三度目のアップ・リンク

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今年に入って三度めのアップ・リンク。

一度めは、七月に放送大学の試験後観た、ジェイムス・ブラウンの映画、二度めは「聖なる呼吸」というヨガの映画、今回は、シーモア・バーンスタインというピアニストのピアノをめぐる彼の音楽と人生の話しである。

クラシック音楽の持つ権威や特権意識、優越意識などに抗って、作曲家の意図、シューベルトの気持ちや、ベートーベンがなにを言いたかったのかを理解しようするピアニストである。

 

今年の夏、渋谷楽語なるイベントに行った帰りにTSUTAYAに寄って、まとめて借りてきたDVDのなかに、グレン・グールドが二枚。

このひとに対する見方、考え方がワン・ワードで変わって、このピアノ弾きが以来愛おしく、すきでたまらない。

ワン・ワードとは「アスペルガー症候群」。

そういう観点から見ると、ずいぶん見当違いで、的外れな評価に傷つけられたよなあ、親からも恋人からも理解されず、ずいぶん苦しんだろうなあ、と気の毒である。

この映画の中でも、シーモアさんはグールドについて、このひとのバッハはバッハでなくグールドだ、というようなことを言っているが、それでしかない、グールドにとっては。

自分以外のものとの交流、交換は難しかったのだ。

というか、できなかったのだ、と思う。

 

シーモアさんのピアノは、呼吸するかのごとく、音符を撫でるがごとくのピアノ演奏であり、ほうっとあったかなためいきが漏れる。

 

久しぶりにイギリス組曲が弾きたくなって、楽譜を取り出した。

パルティータや平均律に比べると、楽譜づらはずいぶんとやさしい。

この曲は小さないとこがまだ小学生だったころ、親戚の結婚式で弾いたものだ。

私は、別ないとこのソプラノ独唱に合わせて伴奏を弾いたのだった。

バッハがずっと好きだった。

バッハの魅力は、安定感。

いつか、本の中で、バッハとジエイムズ・ジョイスは「立体」と書いた箇所があって、娘のピアノ教師であったママ友に、どういう意味?と聞いた。

彼女は、ジョイスを知らなかったにもかかわらず、的確な答えを出してくれた。

「背景があって、テーマがある、というものではないもの」

 

バッハの持つ私の感じる安定感とはそういうものだった。

 

映画一本で、気持ちがこんなにも現実に着地して、前向き(きらいなことばだけど)になれる。

ヨドチョーさんではないが、いやあ映画っていいもんだなぁ。

暗くないと見えなくて、観終わるまでわからないのが難点だけど、

どんなものにも難点はあるから、仕方ないか・・。

 

連鎖

ある保育現場で、いつもいつも叱られる子がいて、保育士の声ばかり大きく、他児童はしゅんとして、リズムの活動もふくらまない。

運動会が終わった今頃にする、大きな布を使ったリズム遊びは、たいてい子どもたちの歓声でいっぱいになるのだが。

 

叱られる子は、発達に少し問題を抱えている。

そのために、サポート機関に通ったりもしているのだ。

嫌だ、と思いながら、怒鳴り声が聞こえて来ると、ヘラヘラしている自分。

大きな声で叱られる場、たまに手が出ているのを、融和させたいという反応でもあるし、どうしてよいかわからないのでついへらへらする、というマヌケな対応。

 

私はこの秋、一大決心をする。

一対一で、やめてください、と言うことにした。

一対一が基本だし、万一それで保育士との関係が悪くなっても、私の仕事がやりにくくなっても、オーケー!という気持ちになる。

大人の関係がわるくなることを恐れて、子ども、特に問題を抱えた子を差し出すわけにはいかない。

そこを抜いては成立しない仕事のはず。

 

で、私は保育士に現場が始まる直前に話したのだ。

保育士は、顔には出さず、わかりました、とひとこと。

私も考えてできるだけシンプルに、自分の建前だけを話したつもりである。

保育士がガーンとなっているのは分かった。

申し訳ない気持ちに萎えそうになる自分もわかった。

でも、筋は通さなくてはならない、と気持ちを強く持った。

 

大きな布は、夫が何枚も安売りの布地をミシンがけしてくれたもので、あまり頑丈ではない。

布を踏まないでください、布を踏まないでね、お願いします。

と、繰り返し言う。

活動を終わり、大きな布を折り畳んで、しまおうとする最後のところで、すっと足を出して布をぎゅうっと踏む男子がいた。

「踏まないでって言ってるでしょ」

ときっとなる。

きっとなるだけでもまずい。

その上、つい人差し指が出てしまった。

人指し指で、彼の細い肩を押したのだ。

その様子を、保育士も補助の先生もしっかりと見ている。

他人に見られていることが、かえって緊張感をなくしているのか、甘えになっているのか。

その保育士もそうだが、他人の目があり、活動の様子を録画していることも、たまには主任がスーパーバイズしにやってくることも十分承知しているのに、起こる。

人差し指が、うずく。

なんということをしてしまったのか・・。

監視カメラでもあり、第三者委員会に訴えられればクビになるようなことはないにしても、厳重注意というところだろう。

何より「子どもの笑顔と笑い声のため」などと宣伝している自分の欺瞞である。

まさにそういうことはしないでください、と言ったその直後に自分の陥ったふるまい。

これは、心理学ではどういうものだろう。

人差し指の嫌悪。

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