相変わらずアリス・マンローにはまっている。
同じ短編をくりかえし、くりかえし読む。
じっくり味が深まる。
「家族にまつわる家具・・Famly Firnishings」という短編がマンローの短編のなかでもとくにすきである。
なにがこれほど自分を惹きつけるのか?
読むたびにぞくぞくする、半ば病んでいるような刺激的な話し。
話しの中心にいるのは、アルフリーダという名の父親のいとこ。
この女性は、マンローが思春期のとき、厳しい母と母に追随する勤勉いっぽうの父の前でマンローにタバコをすすめ、父母の前で堂々タバコを吸うマンローは、アルフリーダの力を借りて、じぶんと母父との関係に変化が、「革命」がおこった、と感じる。
裕福でない農村の出であるマンローが、母親に支配されながら、とくべつ優秀な成績で学業を続け、地域のほかの女の子の道を断固はなれて、詩に傾倒し「変人」扱いされ、母親への反発、村への反発から、大学入学後、早々と上流男子と結婚し、病気の母からも、村からも遁走するのである。
大学入学と同時にアルフリーダの住む都市に、マンローは住むことになったが、マンローは注意深く、アルフリーダに近づかない。
何度、食事に誘われても、理由をつけて断る。
マンローは、離れようと準備していた。
もう「知ったかぶりをして」と叱られる田舎の変わり者の女の子ではない。
自分に失望する母、学業を続ける女性を貶める地域から出て行こうとしていた。
物語のピークは、卒業も決まり、婚約も決まったマンローのもとに、再度連絡したアルフリーダの申し出を、今度は受けて、受けてもこれで終わりにできる、とランチに出かけて行った時の波乱の模様。
何年ぶりかで会うふたり、アルフリーダにとっては、いつまでも自分が目をかけてやってきた変わり者扱いされていた子だったろうが、マンローのほうはそうではない。
成長し学習し、ぬけ出ようとしている。
開口一番「あんたふとったんじゃない」
というアルフリーダの言葉にマンローはむっとなる。
「昔はガリガリにやせてたのに」
容姿のことをとやかくいわれたくない、と反発する。
「あなたのようなひとから」と。
アルフリーダは数年のうちに老けてたるみ、不適切な同棲相手に惚れ込んでいる。
もう若くない女に対する哀れみ、を感じるまでに成長したマンローは、まだそういうことが起こるものなのだ、と理解するほどには成熟はしていない。
面倒をみてきた子どもや若い子が成長し、自分を超えてさっさと行ってしまう。
こちらの関わりを恩義にはかんじないのがふつうだろう。
関係が変化し、年齢とともに力関係も変わり、親族の枠にしばられた繋がりだとことさら新たな関係になるのは難しい。
こちらに相手の成長をよろこばない頑なさがある。
これまで面倒をみてきた子たち(自分の子をふくむ)からは「ありがとう」ではなく、逆なことばを投げかけられる。
ありがとうや感謝ではなく。
同棲相手を含む三人の食卓で、アルフリーダがキレる場面。
1. 哲学だとか文学だとか、つまんないことやって!そんなどうしようもないこと言って1セントも稼げない連中いくらでも知ってる。
2."欲望という名の電車"!? あんたそんな忌まわしいものに金はらってんの!?
大学仲間と進歩的な芝居を観に行ったりオペラを聴いたりするマンローからすると、たかだか田舎者相手の新聞コラムのゴーストライターであるアルフリーダである。
「彼女が何をどう思おうがどうでもよい。」
と手厳しい女子大生マンロー。
気の重い食事が終わり、食事の後片付けをするとき、おんなふたりの作業はテキパキと気の合う調子で行われ、午後に友だちと約束があるから、とあらかじめ断っていたマンローがいとまを告げる。
階段を降りて部屋ばきのまま送ってきたアルフリーダがよろめくシーン。
部屋ばきの靴底に、砂利道のバランスがわるく、よろめくと同時に
「コンチクショー」と言ってマンローの腕にしがみつき、
ハグして、みんなによろしくね、いつもみんなのこと思ってるって伝えて、としんみりするアルフリーダ。
舞台は変わって、マンローの父親の葬儀。
母親が永年寝たきりの病で亡くなったあと、農家の活発な女性と再婚し、その再婚相手も亡くなったあと、父親は亡くなった。
葬儀にアルフリーダは来ない。
目の前に突然現れたのは、秘密裏に出産され、里子に出されたアルフリーダの娘である。
その娘から、マンローは報復されるのである。
アルフリーダがあなたのことなんて言っていたか知ってますか?
「ほうらおいでなさった!」
とマンローは思い、なんて?
と尋ねると、
あなたはつめたいひとだって、自分で思うほど賢くもないって、わたしが言ったんじないですよ、わたしはあなたになんのうらみもないし、と言われるのである。
「貧困と社会」で習ったこと。
階級をまたぐもの、貧困から抜けるものは裏切りものである、という図式。
そして、この物語の最終シーン。
アルフリーダの家を出て、友だちと会うというのは嘘であった。
ひとりきりで寮に帰る道、空いたバスが通り過ぎる。
なんという自由、しらないひとたち、むこうもわたしをしらないひとたちの乗ったバス。
途中でドラッグストアに入り、コーヒーを注文する。
煮詰まったような苦い飲み物こそ、
「わたしがいま飲みたかったものであった。」
コーヒーを淹れてくれた男が聴いているラジオからは、野球中継が流れている。
群衆のざわめき、巨大に心臓の鼓動のような。
この部分を読むと、鳥肌がたつような、ぞぉっとして、次にぴんと私のなかのなにかがあたまをもたげるのである。