スズメバチ

谷中へ行った前日の日曜日。

河川敷からの帰り道。

道路に落ちて死んでいるようにみえるハチにザックが鼻をくっつけようとしたので、

「いけない!」とリードを強く引いたとたん、

「キャイン」

と右後脚をひくひくさせぴょんぴょん跳ぶような仕草をみせる。

チビ犬のピッキーを連れていた夫が、あわててザックの足のうらをみるが、わからない。

ハチを写メしようとするので、

「遠くから撮って!近づかないでよ!」

と大きな声を出す。

写真を娘に送って、ハチを調べてもらおうと思うが、何度かけてもただいま電話にでられませんという女性の自動音声に切り替わる。

日曜日の安眠をむさぼっているのだ。

 

ザックは後脚を地面につけることができず、三本の足の跳躍で歩くが、ときどきキュウというような声を出して道路に「フセ」してしまう。

 

いつもの坂を下らずに、ワケあって一本遠い坂を下りて、ひとが住んでいない家の前を通っての出来事である。

ああ、いつもの坂を下りていれば、と悔やむ。

 

「俺さきに行って車もってくるわ」

とピッキーをつれた夫は足早で行ってしまう。

私は何度も娘に電話をする。

 

一軒めの「くすのき」動物病院に電話をすると、五人待ち、と言われる。

「渓谷の森」動物病院なら空いているだろう、と番号を探すが、あるはずの番号が見当たらない。

いやな汗がふき出す。

 

夫に電話して、「渓谷の森」に電話をしておいてくれるように頼む。

 

ザックは三本足でぴょんぴょん跳ねながら歩く。

ウォーキング中のカップルが不審そうに振り返る。

「かっこいいですね!」

とか、

「きれいなわんちゃん!」

とか言われるダルメシアンのザックがいまや妙な格好で歩くのを、振り返られている。

 

娘はいつまでも電話を取らない。

 

頭の中でいろいろな場面、いろいろな考えがめまぐるしく交錯する。

動物病院への不信感、獣医たち。

やめよう、すぐに行くのはやめよう。

様子をみよう、大丈夫なものは大丈夫だし、ダメなものはダメなのだ。

ザックは家に帰りたがっている。

 

夫に電話して、車出さないで待ってて、とにかく一度帰るから、と言うが、こちらの言うことを聞いていないようだ。

 

家のすぐ近くまで来たところで、夫が車で近づいてくる、娘はちゃっかり助手席に座って身を乗り出して恐ろしい顔をしている。

「待っててって言ったのに!」

「ダメだって、スズメバチだよ、これ」

と言う。

早く連れて行かないとダメだって!!とふたりが叫ぶ。

へんなところに車を停めて、犬を真ん中に叫び合う家族を、近所で車を洗っていたひとが見ている。

娘はさっさとザックを抱きかかえて後部座席に乗り込んでしまう。

いつもは 車酔いの激しいザックが、車酔いどころではないらしく、ぴたっと娘に抱かれている。

 

動物病院に着くと、二組待っている。

中に入ると、私たちが緊急らしいと察知した柴犬を連れたおんなが、すぐに立ち上がって助手を呼び、急いでいる、と先手を打つ。

いやなやつ、と思う。

このくらいの年のこういうファッションをしたおんなって・・。

と思ってはいけないことを思う。

途中ふらっと猫を首からかけた袋に入れて、短パンにゴム草履の男の子が入ってくる。

「はじめてなんですけどぉ」

猫はマンチカン

平気で首からかけられてじっとしている。

柴犬が終わると、助手が出てきて、私たちより前に待っていたカップルに向かって、すみません、緊急なので、もうすこしだけお待ちください、と言ってくれる。

「申し訳ありません」

と頭をさげるが男性のほうは、目を合わさない。

女性のほうははい、と言ってはくれるがこわい顔である。

 

ハチに刺されてからすでに、40分ほど経過していると聞いて、若い獣医はもしアナフィラキシー・ショックであれば、8分から10分以内で死んでしまうところだから、今回は大丈夫だろう、ということで、しかし一応ステロイド注射とワケのわからない注射を二本打たれる。

ザックは良い子にしている。

 

飼い主三者とも、ハチのおかげで完全に度をうしなった。

前に飼っていた犬が、変調の兆しなく、朝ごはんたべないけど、大丈夫かな、と思う間に死んでしまったことがトラウマになっているものと思う。

お父さん、よっぽどテンぱってたんだね、おかあさんのこと「ばか」って言ってたよ、と娘が言いつける。

 

ばかって言ったんだって、と聞くと、

えー、ばかなんて行ってないよー、三角だろおかあさんはばかって言うの、

ととぼける。

 

「車のなかで言ったじゃん、あのひとばかだなって」

と娘が言うと、

「あー言った言った」

と思い出し、早く医者に連れて行かなくちゃダメなのにごちゃごちゃ言うからよぉ。

 

ハチに気をつけると言っても、気をつけようがない。

散歩に連れて行かないワケにいかないし、気づいた時には刺されてしまっているだろう。

今年はハチが多いように思える。

 

ザックは回復し、素晴らしい跳躍力を見せ、テニスボールをなげると、ぱくっと空中でキャッチする。

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