美術館のおしゃれなカフェコーナーの奥のカウンターには女性客がふたりならんでいて、広い庭の見渡せる窓脇の白木のカウンターの上にランチョンマットがふたり分並んでいる。
ここ、私たちようかな、と言ってみるが、厨房は奥で声が届かない。
ここ座って大丈夫ですか、と女性客に聞いてみると、はい、どうぞと言われる。
常連らしい。
「注文とか聞きにこないよね、メニューとかないよね」
と言うと、ランチはクロックムッシュ一種類みたい、と小声でユアン。
カウンターに書いてあったよ、とのこと。
なかなか来ないので、トイレに行って戻ってくると。
また小声で、コーヒーにしますか、紅茶にしますかって聞きに来たんだけど、コーヒーをすすめられた、とちょっと眉をひそめて、紅茶が良いんだけど、とたまに出る皮肉な笑。
この笑はもっぱら亭主にむけられる。
わたしこれ食べたい、とテーブルに立っている小さな紙をつまむ。
サバランセット+コーヒーか紅茶。
ユアンはサバランが大好物なのだ。
私がトイレから戻って、もう一度聞きに来たカスヤ夫人は、クロックムッシュになので、コーヒーのほうが合います、とやはりコーヒーを勧めてきた。
ユアンがそこで、
「これあるの?」
とサバランセットと書かれた紙を指差すと、カスヤ夫人はやや動揺して、
「ごめんなさい、これ、このところは、うちの畑で採れたくるみのパウンドケーキになっているんです、これもとっても美味しいんですよ」
とごたごたいうのを、
「ないの?」
とユアンは不機嫌なときに出るぶっきらぼうな物言いで中断するので、こちらはちょっとドキドキする。
ごめんなさい、ないんです、とカスヤ夫人が恐縮して立ち去った。
クロックムッシュは丁寧に作られたハムとチーズであり、付け合せの野菜のピクルスは美味しく、コーヒーはまろやかで透明な味であった。
衣笠のサ店でふたりで向かい合っていると、そばに座っていた女性二人連れの会話がくまなく聞こえてくる。
「あれなんていったっけ、あっち行ったひとと話しできる、東北の」
と言っている。
いたこだよ・・、と私は思っているが二人の会話に「いたこ」という名称はついに出てこない。
「こんなこと言うのあんたにだけなんだけど」
などと言っている。
よく、これはあなただけに言うのよ、ほかのひとに言わないでね、などと言われるたびにいやである。
私は、最近自分に起こった様々話すが、話し終わってもユアンがなにも言わないので、ジリジリしてくる。
「げんきないね」
と言うと、ちょっと動揺した目をして、打ち消そうとするので、ダンナと喧嘩でもした?、とたたみかけてみる。
これは冗談のつもり。
基本、いつもダンナについては不満があるユアンである。
「いつもどおり」
とこれもジョークのような口調で一緒に笑う。
物言わぬ友と地方都市の喫茶店でいつまでも座っているのは限界。
思い切って退席しよう。
「出る?」
と言うとちよっと驚いて、うん、と言う。
ちょっと反省したのか、どうでも良いことを話し出すが、どうでも良いことを選んで話してるのがわかる。
どーっと疲れて予定より早く家に帰った。
娘も、ボーイフレンドと出かけていたのだが、ランチをした店の態度がわるい、と早々帰っていた。
店員の態度について、こまごまと話すのを聞き、
こっちもユアンちゃんが元気なくってさ、と言って、
「きょうってそういう日だったんだね」
と安直にまとめた一日であった。