ほぼ毎朝、44度のお湯に浸かり、しばらく汗を流してから46度のお湯にもう一度入る。
初回の前に犬を外に出して朝一のチイ。
いったんケージに戻して犬の朝メシには夫が起きてくる、という朝のプログラム。
46度に入って髪も洗い、バスタオルを三枚巻いた上にバスローブを着て、汗をしぼり、夜のうちに冷えた身体をあたためる。
と、外から叫び声が聞こかて来る。
あーあー、わあーわあー、と尋常でない悲鳴である。
「?」 と思って、夫の姿を探すと夫が居ない。
犬のケージもカラである。
ぞっとして、バスローブのまま、下駄履きで外へ走り出ると、小さな犬が脱兎のごとく走り去って行き、いつも小さな犬を散歩させているすらっとしたお爺さんが立ちすくんで、空を見上げ、叫んでいる。
そして、夫がうちの犬二頭の首輪を両手に掴んで引きずっているではないか!
とりあえず、犬を引き受けてケージに入れ、夫は叫んでいるお爺さんのもとへ走る。
ねぼすけの娘が、目をしばしばさせて玄関まで出てきている。
家の中に入って、あわててそのへんのものに着替えて再び外に飛び出す。
だれかが車に轢かれたとか、そういう血なまぐさい光景ではなさそうである。
このお爺さんは、夫がいつもゴミの日に出会い、足元がわるいので代わりにゴミを持ってあげているおばさんの家のお爺さんである。
年恰好からいって、おばさんの夫らしいので、いつかおばさんの家からこのひとが出てきたときに、
「なんだ、お爺さんがいるんじゃんか。」
夫は、なぜゴミ出しをお爺さんがしないんだろう、と訝しんでいた。
「だから、おせっかいなんだよ、夫がいるんだから、夫にやらせなきゃじゃん。あんたはうちのゴミ出しだれしてりゃあいいんだよ。」
と乱暴に言うと。
ぞうだよな、
などとうなずく夫であった。
そのお爺さんの小さなテリヤ犬をうちのダルメシアンと、ボストンテリヤとジャックラッセルのミックスが襲ったのだ。
私は着替えながら、なにかの折に夫がゴミ出しをしてあげていたという恩が役に立つかも、などとこざかしく計算しているのである。
夫が、へいきだって、と小声で戻ってきて、テリヤ犬はふたたびお爺さんに連れられている。
すみません、大丈夫でしたか、とテリヤにかがむとテリヤは私のほうに近寄ってくる。
からだを撫でると濡れている。
うちの犬の唾液だろう。
あどけなくすり寄ってくる。
ごめんね、びっくりしちゃったね。
と言うと。
すみません、お騒がせしちゃって、とお爺さん。
さっき嘆き悲しんで天に向かって叫んでいたひととは別人のようである。
安心した。
なにごともなくてよかった。
月曜の朝。
夫はゴミ出しに出て、そのまま私から頼まれた自転車に空気を入れる。
犬をケージに入れていないことも、門扉をきちんと閉めていないことも忘れて。
「こいつらしょうがないよな」と夫は犬を責める。
「しょうがないのは飼い主だろ」と娘は夫を責める。
私はいつまでも、悲壮な嘆きの声が耳から離れない。