明け方、かたわらの夫が苦しそうなイビキをしている。
疲れているんだなぁ、お正月休みゆっくりすればいいや、と思い、
思ってから、
あれ?
お正月って終わっちゃったんだ、と気づいてふとんの中でどーーーっと疲れる。
29日に、突然親戚から電話があって、田舎から上京しているのだが、泊まる予定の家にインフルエンザが出て、子どもに感染ると心配だから、そっちに泊めて欲しい、と言われる。
抵抗を試みたが、抵抗しきれず、徹底的に拒んだ場合に残る後遺症を思うと、この場合受けいれざるを得ない。
この子連れの親戚には意見したいことが山ほどあって、長いことこころのなかでジリジリしていた。
ひさしぶりに会ってみて、つくづくなにも言うまい、と決めた。
これまで言って来た、言いづらい子育てについてのこと、彼女と親の関係についてのこと、そのどれもがなんの効果もないことが、よく分かる。
なんだ、言っても言わなくてもおんなじなんだった、と思った。
ああ、それなのに、最終日(1月4日!)なんとなくふたりで話し込んでいたら、長いことためこんできたお説教(うっぷん)がふいに出てきてしまう。
・・また〜あんた、やめときや〜・・
年末年始ばっちりの滞在を終えて、大きなリュックに子どもの手を引いて帰る彼女は、別れ際私と目を合わせない。
ああ、言うまいと決めたのに。
娘に言うと、それはまずいよ、他の親戚との関係にも響いてくるよおかあさん、と言われなおさら落ち込んだ。
残るも地獄、去るも地獄。
と思っていたら、こういう正月を過ごしたのは、私だけではないらしい。
正月明けのヨガ会場。
孫を連れて年末年始滞在していた嫁の愚痴を聞かされた。
体調は思いっきり悪そうである。
嫁滞在中、38度まで発熱したとのこと。
紙オムツは、ここに捨ててね、と言うのにオムツを替えたその場に置き去り、
食べた後片付けをしない、
機嫌がわるくなると二階に孫と上がって降りてこない、
孫を叱りすぎる。
などなど。
聞いていて、そうだよなあ、私たちのころはこうしたもんだよ、とか
最近のひとはこうだけど、
などと年寄りに言われると、いらっとしたものだ。
そして、嫁さんにせよ、親戚にせよ、彼女たちが自分の思い通り東京に滞在し、居座る根性にはわれわれにはとても勝ち目がない。
老兵は去るのみなのだ。