失われた道玄坂「ライオン」にて、失われた友より

1971年10月1日・・18歳の手紙。

いま午後4時30分ころ。

あたしは、BYGのまさに"となり"のLionっていう喫茶店に来て、あなたの先生みたいにあなたに手紙を書いています。

あたしの目の前の壁にはベートーベンの絵がかかっていて、それのかかっている壁は"まさにとなり"のBYGにつづいています。

BYGのあの混沌としたふんいきとは全く対照的な世界が、壁ひとつへだてて存在するなんて、まるで信じられないくらい。

ノーマルというか、古典的というか、そして若干ペダンチックなところです。

あたしはBYGに行くつもりで渋谷に出てきたので、まるで場違いなカッコウで、まるで場違いな気分でいます、今。

 

かつて一度も本気が考えたことのなかったこと、何のために大学へ行くのか、何故勉強したいのか、を考えなくてはなりません。

自分のなかに、許しがたい権威主義が横たわっています。

口では(そして頭でも)反体制的なことを口走る(考えている)のに。

あたしは救いようのない権威や形式にゆだねてしまうのです。

ここを正していかなくてはなりません。

それにはどうすればよいか。

大学に行かないことです。

行かなくても勉強はできるのだ、と実証することです。

でも、そんなことできっこないってことは明白でしょ?

このあたしにできますか?

全然むりでしょ?

だからだめなんです、このあたしは・・・!

深刻に自己批判するつもりで渋谷に出てきたのに、いまはかなりふざけた気持ちになっています。

あなたはいま、熱が出て、まだふとんのなかにいるのかな?

今、ワーグナーがかかっています。

三島由紀夫の好きなワーグナー

ねえ、気がついた?

この喫茶店は、奥浩平がよく来たところらしいのです。

あの本の中に"渋谷のライオン"って出てきたでしょ。

さていま5時30分。

もうそろそろここを出ようと思っています。

この手紙出すかどうかわかんない。

明らかに変な文章が二、三箇所あるみたいだから。

でも、もしあなたのお手元にとどくようなことがありましたら、みのがしてやってください。

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