18歳の手紙の送り主の名が「アグラーヤ」となっている。
「白痴」の主人公ムイシュキン公爵をたぶらかすいやな女性アグラーヤに因んだ私たちの共通の名前である。
友の敬愛してやまない同居する従姉妹、彼女は事あるごとこの従姉妹に教えを乞い、従姉妹の所属するセクトについにからめとられると、反対していた私を切った。
その従姉妹がアグラーヤを指して、おまえたちみたい、とのたまってから、
「わたしたちアグラーヤ・シスターズ」
などだれが聞いても面白くないことを言ってはきゃあきゃぁ騒いでいた。
人間関係を「切る」とか「切られる」とか、いまの若いひとも言うのだろうか。
先日、娘が友人のラインから外されている、としばらくアイフォンの操作から目が離せなくなった。
気持ちはわかる。
なにか傷つけるようなこと言ったかな、
としばらく考えていた。
夕飯時刻、突如ナーバスである。
住所も、電話番号も交換していず、ラインだけでつながっている友だち。
学生名簿があり、教師から全校生徒までの住所、電話番号から父親の職業まで網羅した連絡票など、いつからからかご法度になった。
彼女が組織に入ってしまい、われわれの甘く透明なチャムシップ期が、私がフラれたかたちで終わり、以降、混沌とした男女関係のモツレがだらだらと続く。
私にとって、理想は彼女。
彼女とのような関係を求めた。
といっても、数年間は、だぶっている。
始めに、三鷹付近で同棲生活を始めたのは彼女で、三鷹住所の手紙も何通か残っている。
同棲生活の難しさ、経済的困窮、喧嘩、仲直り、彼女が描ける範囲、書き送っている。
急に、友が消えて、ひとりになってしまってから。
私は電話を待ち、彼女はたびたび公衆電話から私にかけてくる約束を反故にした。
今から思えば、同棲相手の無言の圧力もあったろう。
そういう相手のこころの動き、自分への期待に過剰に反応するひとであった。
私は自分のことばかり考えていたが、いまから思えば、従姉妹と同居している家を出て、同棲を始めたことは、従姉妹からの猛烈なオルグから逃れるためではなかったのか?
そして、そもそもの原因となった苦しい恋愛があったのだ。
彼女は、ほんとうに重大なことは、語っていない。
そのことに、気がつく。