お花見

ここ数年一緒にお花見をする友だちから「今年はどこにしましょう」と年賀状が来ていて、去年も一昨年も彼女に行き先を決めてもらっていたので、今年はたまたま新聞でみつけた「墨堤」にしよう、と思った。

新聞をコピーし、友人に渡し、待ち合わせ日時を決めるまで、ややためらいがあったのは、

親しくなるともつれてきて、もつれる程度ならまだ良い、放置すればほどけてくるが、完全に決別する、ということもたまに起こる。

墨堤へ初めて一緒に行った友だちとはもう永久に会いたくない、と思っている。

場所がわるいか、と思ってみると、そういう場所はけっこうあるから、場所の問題じゃなさそうだ。

 

朝早く出かけた本所吾妻橋は、ひとつ手前の浅草で乗客が降りてしまい、さっぱりしたもので、駅からまっすぐ隅田川の土手に出て川上へ歩くと、風は強いがすかっとした青空のなか桜の花が寒そうである。

もう満開をすぎてしまったなのか、まだ咲ききっていないのか、わかりにくいが葉が出てないのでこれかららしい。

屋台は出ているが、花見客はゼロ。

ときどきジョギングするひととすれ違う。

桜橋の向こうの橋の近くに以前勤めていた職場がある、と彼女が言う。

近所から通う江戸っ子が白鬚橋をひらひげばし、と言っていた、と笑う。

 

土手を歩いて言問団子を目指すが、行き過ぎてしまう。

この風雅な墨堤は、なんと高速道路の高架下になっていて、なんの工事か工事用のシートが邪魔で土手下が見えなくなっている。

歴史的な名所であるこの土手の真上を首都高が通っている。

ひとりで歩くのは不気味だろう、と思うようなひっそりした工事現場を通って団子屋へ引き返すと、閑散とした地域は「向島」と表示されている。

広い通りに面してところどころある桜の木は、川沿いの桜より花がひらいているようだ。

 

言問団子屋で失敗した。

子どもが同い年で、ん?競争関係?なの?と感じることがある。

あちらはしっかりもので、こちらはおちょうしもの、キャラクターの違う子どもの親で、もちろんむこうは自分の子のほうが優れている、と思ってるし、私は比べられるのが苦痛だ。

同い年の子が居ても、お互いに褒めちぎり合う、という関係ではない。

子どものことを聞かれて、ついしゃべりすぎた。

後悔したがもう遅い。

言うんじゃなかった。

 

絶交になってしまったあのひととも、このひととも、私が自分のことをしゃべりすぎなければ、問題は起こらなかった。

向こうが打ち明ける話しにだけ相槌をうっていればよかったのが、聞くばかりだったのが、私のほうも話しだしたらとんでもない展開になった。

向島という母とゆかりのある場所に来て、私は急に、そのときはまだ会っていなかったふたりの姉を思い、母の一度めの結婚の話しをした。

批判というのでもないが、急に説教口調になった。

ものの見方を変えるといいよ、とかひとを恨んではいけない、とか。

それも「母がね、こう言うのだけど」と言いながら。

それまで愛想をつかしていた「母」のはずが、急に自分の意見の代弁者になっている。

「過去をほじくっても変えられないよ」

など。

そんなことを思い出して、方向を切り替える。

 

長命寺の桜餅を買い、見番通りを歩き、まねきやさんのシャターが閉まっていたのが残念だったが、すみだ郷土文化資料館をさらっと見てもまだ昼前。

言問団子がまだ胃のなかで甘ったるい。

昼食前に彼女の勤めていた石浜まで墨堤を上ってみることにした。

団地や大型スーパーや、老人ホームがバス通り沿いに並んでいる。

さっさか前を歩く友だちが、昔のなにを思っているのかわからない。

とくべつ懐かしそうでも、当時をなつかしむという風でもない。

 

さて職場探検も終わり、浅草へ出るか南千住に出るか、ということになり、私は浅草の明るいにぎやかさに触れたくて、浅草へ行くことにした。

浅草へはバス。

バスを降りたのは東武の浅草駅で、浅草から少し遠い。

バスを降りてすぐのレストランに入りたそうにする、通り過ぎようとすると引き返すので、ここ気に入った?と聞くといや、あっち行くと混んでいそうだから。

並びの和食屋さんに入った。

外国人が多いようで、なんと二階にはイスラム教のお祈りのスペースが完備されている。

トイレ行ってくる、と二階に行った友だちがお祈りの場所がある、と言うのでえ?と二階に行くと、二階は川沿いのすばらしいロケーションで、外国人のお客が八名ほど窓ぎわの横長のテーブルに座っている。

女性は髪をすっぽりスカーフで巻いている。

トイレの入り口前に絨毯を敷いた狭い空間があり、紛れもなくお祈りの場である。

 

どうする、浅草寄って帰る、と聞くともういい、と彼女。

えっ帰るの?と驚くと笑っている。

ちょっとだけ行こうよ、と仲見世をほんの数ブロック通過して、帰途に着いた。

13500歩の花見が終わった。

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