自分の生まれた姫路について、短い文章を書き上げて、最初これはなにかが足りてない、味がうすいな、と思って書き足したら、今度は濃くなりすぎて、足したり引いたりしているうちに、
まあ、ここまでかな、というところを最終にして講座で発表するためにプリント・アウトした。
まあ、とりあえず終わりだ、と思って、二階に上がるとき、
古い木造の階段でむっと懐かしい、懐かしいというよりもっと前のにおいが、全身を包む皮一枚すべてを覆った。
嗅覚というか、皮膚感覚というか、生理的ななにかが、内からか外からか表出してきて、
その感覚で、ああ、自分は深いところに行けたな、と感じた。
講座当日、においについて話しをした講座仲間がいて、
そのひとは、大阪の出身で、しばらく帰っていなかった大阪に帰ったら、忘れてたにおいを嗅いで、すごくほっとした、というようなことを言っていた。
どんなにおいですか、と訊ねられて、ホルモンのにおいです、と言い、ホルモンが好きなんですか?
と聞かれるときらいです、と答えた。
だから、ホルモンそのものではない、においの記憶というものがある。
そう、思った。
私のにおい、は肌で感じた母のにおいであり、奥底に忘れていた記憶、永年とじこめて無視しようと努めてきた記憶である。






