とうとう犬が来た。

黒いわんちゃん、名前はブラッキー

中学で習った英語「Tom and Susie」にでてきた黒い犬、名前を「Blackie」といった。

日本語で言えばくろちゃんですね、と英語教師が言った。

英語は赤点だったのに、そんなことは覚えている。

英語教師のつまらなーい英語の授業。

彼の来ていたねずみ色の背広。

ネクタイなしのシャツ。

鼻の横の大きなほくろ。

 

この子が群馬県のブリーダーさんに連れてこられたときは、腰が痛くて歩けなかった。当面私はなんにもできないけど、いいの?と聞くといい、と夫。

腰はまだいまひとつであるが、ブラッキーはすっかりこの家の住人となり、先住犬のテリヤ種のチビに平身低頭しつつ一緒に遊んでいる。

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十連休

5月の連休も、夫が現役会社員だったころのようなほっと休めるまとまった休日というような位置付けではなくなったが、今年は元号が変わるという特別な十連休である。

ぎっくり腰が信じられないほど長引いて、水曜日の仕事に年度変わってそうそうに穴をあける事態、金曜日の茅ヶ崎の現場は今年度初の仕事日である。

前日の木曜日に二回ばかり外を歩いてみたが、ちょっと歩くと股関節にしびれがくる。

こんなことで茅ヶ崎まで行き、保育園で子ども相手に仕事ができるのか?

しかも雨、しかも寒い。

夫が車で送って行ってくれると言う。

夫はその日午後1時から仕事が入っていたが、一時間遅らせて2時にすれば、11時に茅ヶ崎を終え、自宅に戻ってから充分仕事に行ける、と言う。

決して遅れてはならない場合に車は使うな、と言うのは、病身の妻を抱えて子どもふたりを育てたひとの弁であり、私もそのとおりだと思ってはいたが、腰が不安、股関節が不安である。

電車で行って帰れなくなったらタクシーで帰ればいいか、茅ヶ崎からうちまでっていくらかかる?

と夫に言うと、それはムリだ、となぜかいきり立って、それなら車で行こうよ、とパソコンで調べると一時間で着くことになっている。

帰りはもっと早いはずだという情報が出てうのみにする。

あぶないな、と思いながらそうしてもらうことにした。

私はたいていの場合悲観的にものごとを考え、リスクを膨らませ、結果として決断ができない。

夫はほぼ楽観的である。

決断も早い。

自宅に帰れない場合を想定して、そのまま仕事に行けるようにスーツで行けば、と私は思ったが、いいよ大丈夫、と自信たっぷり。

スーツで運転するのも大変だろう、私ではなく夫が運転するのだから。

 

雨の中を1時間の道を大事をみて2時間前に出る。

環八が込んでくる。

あ、十連休前日だ!

と気づく、細かい雨の煙る道路は産業車がぎっしりで動かない。

どうしよう、戻ろうか、と思うが今から電車で行くと少し遅れる。

焦って電車を乗り換えて行くのも、どうだろう?

いいよ、このまま行こう、万一の場合は園長先生に電話する、ということに。

しかし、東名高速の登り車線が通行止め。

あとから高速道路で人が亡くなって発見された、と知る。

下り車線も渋滞している、ぎりぎりのところで走り出して、ほんとうにぴったりに保育園に到着した。

仕事が終わるまで夫は近くのカフェで仕事をして待っていてくれる。

待ち時間中に、帰りの道路状況を調べておいてね、と二回言ったが、どうやら入っていない。

案の定、帰り道一般道から動かない。

調べたの、と聞くといや、と言う。

だってどうやって調べれるかわかんない、とフシギなことを言う。

 

1時間たっても、まったく動かない、まだ茅ヶ崎である。

これはムリだよ、仕事に間に合わない、と私の仕事を優先させたため、彼の仕事に遅れては申し訳ない。

ただでさえ1時間遅らせてもらっているのだ。

一番近いJRの駅が藤沢駅

藤沢駅の駐車場に車を置いて、電車に乗ろう、と提案する。

行き先を藤沢駅に変更してナビに入れるが、藤沢に着く見通しも立たない。

東海道線12時22分発に乗れればぎりぎり間に合う、と夫。

それなら家に戻りスーツに着替えて、ぎりぎりセーフ、と。

駅前かどうかわからないが、遠くに歩道橋からビルに通じる階段が見えるので、あそこが駅に違いない、と見当をつけ、とにかくそこにあったコイン・パーキングに車を止めた。

茅ヶ崎といっても藤沢寄りの地点から1時間20分かかっている。

私は急げないから、先に行って、と言うと夫は、だいじょうぶ?と気づかいながらも走り出した。

私は車が一晩置きっぱなしになることを想定して必要なものだけをポケットに入れて手ぶらで駐車場を後にした。

そこからどういけば藤沢駅なのか、どこにもなんの案内もない。

とりあえずJRっぽい歩道橋と階段目指してゆっくりゆっくり歩くと雨のなかけっこう寒い。

外を歩くことを想定していなかったので、薄着である。

ただ勘のみを頼ってビルの中から駅へ通り抜け、万一のときのことを考えて持っているスイカで改札に入る。

これじゃあ夫は22分には乗れなかっただろう、といやいや困ったことになった、と始めて間もない月に二回の仕事に影響が出たら、と思うと気の毒である。

ところが22分発に間に合ったから多分へいき、とライン。

すげぇ、とひとりで目をまるくする。

私は夫より一本後の電車に乗り、座ったり立ったりがおそるおそるで傘を杖にしているのを隣りのおばさんがじっと見るのがいやである。

おばさんは些細なひとの不幸に敏感だ。

 

後で話しを聞くと、会社に着いたのが1分前だった、とまったく問題がなかった、とのこと。結果的には私の茅ヶ崎もぴったりだったし、なによりも私の腰も問題がなかった。

夫は翌朝藤沢まで車を取りに行き、10連休の初日の道路状況を調べるとけっこう渋滞情報があったが、予想外に空いていて午前中に帰ってきた。

コインパーキングに支払ったのは18900円。

21時間の価格である。

上限いくら、というパーキングも途中見えたのだが、土地勘もなく、駅の在りかも知らないわれわれ

乗り捨てたのが前日の12時15分、引き取ったのが翌朝9時、五百円玉に両替をしているうちにさらに跳ね上がった。

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みずがきやま

バースデー・ランチに神楽坂へでかけた。

夫はなんと六十代最後の年になってしまった!

 

神楽坂には、夫の親友の娘(26)が最近住みはじめ、ハッピー・バースデイのラインを届けてくれた彼女に「いま神楽坂のレストランにいるよ」と返信すると、何時何分にお母さんと飯田橋の駅に着きます、と書いてくる。

娘はうちの娘(27)と一歳差で、お互いに一人っ子なので、子どものころは5月の連休、8月のお盆休みは山へ行ったりして一緒に過ごした。

まだゴールデン・リトリバー犬のブックが元気で、ギンという猫もいたころで、泊りがけで出かけるときは二頭を連れて行くか、だれかに頼んで出かけなくてはならなかった。

夫の友達のMJは、犬にも猫にも一切興味を示さず、ワイフのほうも同様であったが、娘は二頭をかわいがってくれた。

 

どこかで入手したレストラン情報がメモに残っていたので、このレストランにしたのだが、う〜んもう一回行く気はないかな。

給仕が勘違いしている。

こういう勘違給仕がけっこういるな。

フレンチだからなのか?

フランスはえらいのか?

ミシュランに載っただとか、フランスの有名な雑誌に載っただとかでたいそう繁盛している店で家族三人で向かい合っている。

なぜか三人で食事に行くと夫がおとなしくなる。

娘もあまりしゃべらない。

だから、というわけではないが、MJ家とみずがきやま行ったよね、あれいつだっけ?

急に思い出してふる、中学のころ?

娘がいや小学校でしょ、中学になってからは行ってない、と言う。

中学三年間は館山合宿だから、と。

え、あれまだ小学生のころだった?えー?

そんなに小さかったのか。

みずがきやまは、娘の学校で行くことに決まった山で、それをMJに話すと、なぜだか興味を示して二家族で行くことになった、と記憶している。

「みずがきやま」で記憶をサーチすると、ゆるゆると、なにか通常の山登りではない出来事があったような・。

ふたりともまったく覚えていない。

MJは頭脳明晰で知られたひとだが、記憶力の点では大したことがない。

以前もフランスから来ていたCOUCOUと一緒に行った山スキーのことを覚えていなかった。

そもそも自分が山スキーにハマったことすら忘却しているのでがっかりした。

ストイックな彼の趣味が、登山やスキーから山スキーへと移って、大変なだけで面白くない山スキーがこれからの旅行に加わるのか、と思うと残念だったのでよく覚えているのだが。

 

登山道の入り口の駐車場に車を止めて、私とMJ妻はふたりで喫茶店にいるから、と父親➕娘✖️2を送り出した記憶。

茶店が開いていなかったような記憶。

そして、車で待ってようか、と駐車場に戻ると車のなかでうちの夫と娘が寝ていたような。

登ったのはMJとMJ娘だったような。

ちがうか?

登ったのはMJとうちの娘だったか?

うちの娘が足をくじいた・・?

それはない、と娘。

二家族で出かけた山で自分が怪我をした、などいやなのだ。

ちがうかな、と言うと少し考えてからおかあさんが合ってるかも、と言い出した。

 

家に帰って、昔の手帳をめくってみる。

2003年、二回みずがきに行っている。

一度目は5月のまさにその日、5月4日である。

二度目は7月、小学校の夏の行事であった。

うまくいっていない小学校の学校行事の本番の前にみずがきを体験させておくことは、良いような気がしたのだっけ。

そしていつもそうであったように私の目論見はハズレたのだった。

 

下山したMJがめずらしく登りにくいとかなんとか文句を言っていたような気がする。

みずがきやまは、登りにくくなぜ小学校の夏の行事に選ばれたのかわけがわからん、というようなことを。

手帳をさらさらと読んでいると、いろいろなことが書いてある。

もう亡くなった友だちのこと、日本に帰ってきてから娘の不適応に悩み、ライフプランニングセンターで帰国子女の問題に取り組んでいたメモが書いてある。

私はまだ玉川大の通信の学生であり、資格のための勉強をしていた。

夫は海外出張が多く、不在がちであった。

16年前、夫はまだ五十代であり、私は四十九歳であった。

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ついに・・

金曜日、二歳児クラスの「カエル」で両手をパーにして着地して、立ち上がろうとするとくぅぅぅぅっと腰がつって、そのまま立ち上がれなくなった。

電子ピアノを盾にして、なんとか五歳児まで終了。

しかしどうやってピアノの椅子から立ち上がって、ホールを出て、一階に降りて、挨拶をして外へ出るのか、あたまをかすめるが、見当がつかない。

どうしたらいいの?

椅子から立ち上がるのも、なにかにつかまらないと立てないし、腰をいびつに曲げながらふうふう一階に降りると、お庭で遊んでいた五歳児が心配そうにじっと見ている。

だいじょうぶ?

真剣なまなざし。

 

よろよろと外へ出ると強い日差しが照りつけている。

タクシーを呼んでくれる、という主任のことばを辞退したのは、

タクシーを待つまでの5分?6分?7分?

その間、あれ、どうしたんですか?

大丈夫ですか?

一体何人のひとに同じ説明をすることになるのか考えたら、とてもとても。

あとで考えるに、そういうのがダメなんだよなぁ、といいじゃん、呼んでもらってそれ以上からだ痛めつけないで帰ってくればいいんだよ、と反省。

 

しかし、運良く通りかかったタクシーに乗り込んで、行きつけの野口の先生のところに行ってもらう。

意外に近い。

数年前までは、このゴッドハンドに治療してもらうと、行きはぐったりしていても、帰りはルンルンで帰ってきたものなのだが、治療自体けっこう痛く、これまではふっと触れられるくらいの感触で、たまにつっと痛いこともなくはなかったが、今回はなんだかゴリゴリやられているかんじ。

帰ってきたら痛みがひどくなっている。

 

整体師が八十歳を超え、にぶくなってしまったのか、こちらが六十を超えてにぶったのか?

 

仕事が休みに入って、ただ台所に立っているだけで、くーっと腰がつるような感覚があり、やばいぞ、となるべく家にいるのはやめよう、と外へ出かけていたのだが、こんなことなら自宅の台所でつったほうがよっぽどましだった。

これで三日経過。

ものにつかまれば立ち上がることができる。

つかまっていれば、ゆっくり歩くことができるが、身体はまっすぐにならず斜め。

とりあえず、月曜日の仕事はキャンセルした。

しかし、水曜日の仕事をキャンセルしなくてはいけない事態はこまる・・。

さてどうしたらよいだろう?

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2019年度はじまり

新しい年度がはじまった。

毎日の仕事ではないのだが、続くときは続くこの仕事。

夏と春は比較的時間があくので、疲れてくるとあと何回でしばらく休みだ、と回数を数える。

ひまになったらあれもしよう、これもしよう、と頭で描くのだが、ほっとしたとたんにたいていどこか具合がわるくなる。

今回は、休みに入った日に喉が痛くなり、ひどい炎症で声が出なくなった。

仕事開始前日まで不調が続き、なんだよ、こんな声で仕事できるの?

というかんじだった。

 

新二歳児は、一歳児のときに何回か、年長児さんが外出のときに活動したので、一度もできなかった去年に比べてほとんど三歳児さんと変わらないほどよくできる。

四月に新しい体制となり、保育士どうしの連携が自然に行われているようで、子どもたちもまとまっている。

おとなどうしの空気が、じつによく子どもに響く。

つくろいようがない。

 

「進級した」という意識が子どもたちをしゃんとさせ、自信を持って表現できるようになっている。

一学年の進級にそんな効果があるとは、自分や自分の子のときに意識しなかったが。

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定食屋さん

荻窪の定食屋は、一時半を過ぎているのに満員で、外ですこし待つ。

二人がけのテーブルが四台密集し、あとはカウンターの狭い店内。

やっと空いたテーブル席に座る。

ずらっと並んだメニューがしぶい。

豚生姜焼き定食、鳥の唐揚げ定食、ハンバーグ定食、焼き魚定食などなどに小鉢が付く。

私はホッケの焼き魚定食をチョイス。

隣りでひとり定食を食べていた男性が出ると、そのテーブルに外に並んでいたカップルが席を取った。

あやのお父さんってなにしてんの?

都庁
都庁ってもてるだろうな。

うん税務関係。

ふーん、行ったことあるの。

ある、一度新宿出たとき、でももう来るなっていわれた。

 

都庁ね〜、と私は思っている。

 

で、あやのお母さんとは離婚したんだ、新しい女の人とは再婚、事実婚?

再婚したみたい。再婚しているのお母さんだけ知らなくてさ、戸籍取りに行ったらバレて電話かかってきた、子どもたちは知ってたんだけど、聞いてないフリするの大変だったよ。

お母さん知らなかったんだ。

うん、お母さんだけ。

そりゃあ頭にくるな。

うん、キレてた、あんたたちにも知らせないで再婚するなんてひどいって、いやこっち知ってたんだって。

(笑い)会ったりしないんだ、お父さんとお母さん。

あんまりね、でも一度ふたりで居酒屋行ったって、聞いてなんで?と思った。

 

昨日から酒しか飲んでないから、これ初めての食事。

(男性はハムエッグ定食。目玉焼きが二個)

からだにわるそう。朝ごはんとかどうしてるの?

朝はマック。

マックっておいしい?

朝はマックが多い。あやと酒なしで飯喰うの初めてだな。

そーかも。

 

男性の巧みに相手から話しを引き出す術は、とてもシロウトのものではない。

水商売とか、ホストとか、多分女性相手の接客の熟練を積んだひと。

 

席が密集する定食屋で、個人情報が満載。

先に席を立つとき、ちょっと頭を下げると、即頭を下げてくれる如才なさ。

女性のほうの容姿が少し気になった私は、お勘定を済ませて外へ出てからガラス越しにチラ見。

髪が長く、赤い口紅をつけた美人系。

いかにももろそうな。

 

最後に入ってきた年配の男性は、カウンター席にどっしり座って、ビール、トンカツ、ほうれん草のおひたしを注文。

常連客のようだ。

店の外には、まだ並んでいる客が居た。

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お花見

ここ数年一緒にお花見をする友だちから「今年はどこにしましょう」と年賀状が来ていて、去年も一昨年も彼女に行き先を決めてもらっていたので、今年はたまたま新聞でみつけた「墨堤」にしよう、と思った。

新聞をコピーし、友人に渡し、待ち合わせ日時を決めるまで、ややためらいがあったのは、

親しくなるともつれてきて、もつれる程度ならまだ良い、放置すればほどけてくるが、完全に決別する、ということもたまに起こる。

墨堤へ初めて一緒に行った友だちとはもう永久に会いたくない、と思っている。

場所がわるいか、と思ってみると、そういう場所はけっこうあるから、場所の問題じゃなさそうだ。

 

朝早く出かけた本所吾妻橋は、ひとつ手前の浅草で乗客が降りてしまい、さっぱりしたもので、駅からまっすぐ隅田川の土手に出て川上へ歩くと、風は強いがすかっとした青空のなか桜の花が寒そうである。

もう満開をすぎてしまったなのか、まだ咲ききっていないのか、わかりにくいが葉が出てないのでこれかららしい。

屋台は出ているが、花見客はゼロ。

ときどきジョギングするひととすれ違う。

桜橋の向こうの橋の近くに以前勤めていた職場がある、と彼女が言う。

近所から通う江戸っ子が白鬚橋をひらひげばし、と言っていた、と笑う。

 

土手を歩いて言問団子を目指すが、行き過ぎてしまう。

この風雅な墨堤は、なんと高速道路の高架下になっていて、なんの工事か工事用のシートが邪魔で土手下が見えなくなっている。

歴史的な名所であるこの土手の真上を首都高が通っている。

ひとりで歩くのは不気味だろう、と思うようなひっそりした工事現場を通って団子屋へ引き返すと、閑散とした地域は「向島」と表示されている。

広い通りに面してところどころある桜の木は、川沿いの桜より花がひらいているようだ。

 

言問団子屋で失敗した。

子どもが同い年で、ん?競争関係?なの?と感じることがある。

あちらはしっかりもので、こちらはおちょうしもの、キャラクターの違う子どもの親で、もちろんむこうは自分の子のほうが優れている、と思ってるし、私は比べられるのが苦痛だ。

同い年の子が居ても、お互いに褒めちぎり合う、という関係ではない。

子どものことを聞かれて、ついしゃべりすぎた。

後悔したがもう遅い。

言うんじゃなかった。

 

絶交になってしまったあのひととも、このひととも、私が自分のことをしゃべりすぎなければ、問題は起こらなかった。

向こうが打ち明ける話しにだけ相槌をうっていればよかったのが、聞くばかりだったのが、私のほうも話しだしたらとんでもない展開になった。

向島という母とゆかりのある場所に来て、私は急に、そのときはまだ会っていなかったふたりの姉を思い、母の一度めの結婚の話しをした。

批判というのでもないが、急に説教口調になった。

ものの見方を変えるといいよ、とかひとを恨んではいけない、とか。

それも「母がね、こう言うのだけど」と言いながら。

それまで愛想をつかしていた「母」のはずが、急に自分の意見の代弁者になっている。

「過去をほじくっても変えられないよ」

など。

そんなことを思い出して、方向を切り替える。

 

長命寺の桜餅を買い、見番通りを歩き、まねきやさんのシャターが閉まっていたのが残念だったが、すみだ郷土文化資料館をさらっと見てもまだ昼前。

言問団子がまだ胃のなかで甘ったるい。

昼食前に彼女の勤めていた石浜まで墨堤を上ってみることにした。

団地や大型スーパーや、老人ホームがバス通り沿いに並んでいる。

さっさか前を歩く友だちが、昔のなにを思っているのかわからない。

とくべつ懐かしそうでも、当時をなつかしむという風でもない。

 

さて職場探検も終わり、浅草へ出るか南千住に出るか、ということになり、私は浅草の明るいにぎやかさに触れたくて、浅草へ行くことにした。

浅草へはバス。

バスを降りたのは東武の浅草駅で、浅草から少し遠い。

バスを降りてすぐのレストランに入りたそうにする、通り過ぎようとすると引き返すので、ここ気に入った?と聞くといや、あっち行くと混んでいそうだから。

並びの和食屋さんに入った。

外国人が多いようで、なんと二階にはイスラム教のお祈りのスペースが完備されている。

トイレ行ってくる、と二階に行った友だちがお祈りの場所がある、と言うのでえ?と二階に行くと、二階は川沿いのすばらしいロケーションで、外国人のお客が八名ほど窓ぎわの横長のテーブルに座っている。

女性は髪をすっぽりスカーフで巻いている。

トイレの入り口前に絨毯を敷いた狭い空間があり、紛れもなくお祈りの場である。

 

どうする、浅草寄って帰る、と聞くともういい、と彼女。

えっ帰るの?と驚くと笑っている。

ちょっとだけ行こうよ、と仲見世をほんの数ブロック通過して、帰途に着いた。

13500歩の花見が終わった。

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