つめたい雨の降る日、元同僚たちとランチのあとカラオケに行くと、高音域の声が出なくなっている。
二人目の先生の声楽教室をやめ、二年以上たって、声はもういいかな〜と思っていたのだ。
これは、ひょっとすると私自身の問題かもしれない、とあるひとに相談すると、いやいやこの国の西洋音楽やるひとたちはホントへん!
あなたがおかしいんじゃんない、おかしいのはむこう、と言われる。
ひとりめの先生とのレッスンは7年ほど続いた。
初めはとても楽しかった、私は楽しかったのだが、ある時、
「最初お断りしようと思ったんです」
先生は、あの時と比べて今のあなたの声はこんなに良くなった、ともちろんそういうことを言おうとしたのだが。
それまでのX年間、自分は自分なりの(ふつう)で歌っていた。
歌うことが好きで、小学生のころまでは「はい!」と手を挙げて前に出て歌ったものだ。
私の声ってそんなにひどかったのか〜とがっくりきた。
場所は千駄ヶ谷で、私はJR代々木で降りて新宿御苑方向に歩いて教室へ通った。
代々木東口を出て、くらい細道を通って千駄ヶ谷方向に歩いていくと、古いマンションのゴミ置場があり、古い家を改造した工房があり、ひとの住んでいないような古い家が並んでいる。
公立小学校があって、狭い通学路に面して「ヘナあります」と手書きの張り紙の床屋があり、脂ぎった定食屋と向かいにしなびたような野菜や菓子を売る八百屋があった。
御苑の塀に行き当たると、豪華な赤煉瓦造りのマンションがあったり、ファッションの倉庫があったりする。
往復二時間ほどかけてレッスンに行き、45分のレッスン時間の前後5分ほどずつ前の生徒、後ろの生徒に削られる。
45分ですよね?
毎回もやもやするのも嫌なので、思い切って言うことにすると、先生は思いの外テンパった。
そんなことを言う生徒はいなかったらしい。
時間に不満なら、一時間レッスンにして超過料金を払ったらどうか、と言われた。
自分の声について否定的なことを言われると、全人格を否定された気持ちになる。
心にひっかかる、いやなことを言われてもレッスンを続けているうちにまったく声が出なくなった。
だから、次に歯医者さんの隣りに小さな音楽教室をみつけて、思い切ってレッスンを受けることにしたとき、なにかあったらガマンしないで即やめよう、と思っていた。
最初はほんとうに楽しくて、先生の声が好きで、こういう声になりたい、と思ったものだ。
それがなにかの拍子に先生の顔が豹変した。
同じことが起こった。
30分のレッスン時間が前後の生徒に大きく削られる。
しかもひとをみて調整しているらしく、彼女の関わるコーラス仲間にはたっぷり、しかし生徒が子どもの場合はかれらのほうに私が食い込むことになる。
コーラス仲間であるおばさんの態度が悪く、私のレッスン時間に食い込んでおいて、あいさつも返さない。
こちらが頭を下げているのにシカトする。
間違いかと思って二回頭を下げると二回ともシカトされた。
いやな気分。
もう一回同じことが起こってやめることにした。
カラオケに行くと、ボイストレーニングをずっと続けている友だちの聴いたことのない高い声にびっくりした。
帰りにふたりになったとき、
「すごいじゃん、ボイトレの成果?」
と聞くと変わってきたの、自分でわかる、と言う。
しかも、ランチのあいだ咳き込んで、カラオケ行けるの?と心配していたのがピタッと止まっている。
彼女もいまの先生だから続けているのだ、と時々代わりに来るひとはいまいち、彼女になったらやめると思う、と。
ネガティブなことを言うひとはだめだよね、という話しになり、
べつにプロの歌手になりたいわけじゃないし、と。
彼女の声の変化がちょっと悔しかった。
それで無料体験を探してみた。
ネットで探して、迷いながら二ヶ所候補を見つけ、徒歩で行けるところに決めた。
これまでとは違うメソッドだが、やってみると前の先生と前の前の先生の言っていたことの意味がやっとわかる。
どのように口の中を動かすと、鼻のつけ根に息が届くか、
顔面バイブの法則がわかるようになったのだ。