ホイットニー・ヒューストンと郷ひろみ

ミュゼ・川崎のチャリテイー・コンサート、震災後5年経た11日の夜、

見知らぬ方たちと黙祷を共にして以来、ぱたりと止まった怪現象。

寝入り端に、うわっと恐怖感が襲ってきて、飛び起きてはバタバタと足踏みするほどの恐怖症状。

いよいよ狂うか、と思ったことも。

 

これが音楽療法か、とこころに沁みた。

 

マイケル・ジャクソンに続き、ホイットニー・ヒューストンの検死ドキュメントをチャンネル銀河で、観る。

シリーズで米国の有名な検視官が出てきて、検死結果から死の直前のことから、既往症、栄養の取り方から知られざる病歴まで「イメージ画像」で再現する。

品の良い番組ではない。

ドキュメントと言っても偏りがあり、何某かの利害を代表している匂いもある。

 

ホイットニー・ヒューストンの薬物中毒は凄まじいものだったらしい。

コカインを常習していたことが、鼻の中骨が崩れていたことで判明する。

リハビリ施設に長く入所していて、しばらくは絶っていたクスリに、事件前夜、手を出してしまい、周知の結果となったわけだが、どんな中毒でも、一度止めたものに手を出すと、大変なことになる。

ならばいっそ下手に止めたりしないほうが良いか、といえば、それはそれで長期間服用した結果というものがあるだろうから、本人にとっても周囲にとってもどうすることもできない生き地獄である。

 

たいへんな人生だったなあ、と思う。

デビューしたてのころ、当時の仲間は彼女の歌が好きで、だれかがレコードを買っては、みんなのためにカセットに吹き込んでくれた。

ほんとうにきれいな声、よかったら、私にもダビングして、と言っていたひとのしみじみした声を覚えている。

私の夫は彼女の歌をうまいと言わず、シャウト系はダメ、と苦い顔をしていたが。

 

マリリンもエルビスも、マイケルもヒューストンも、アメリカのショー・ビジネスの世界を泳いだひとの苦労を、いかばかりかと思うのである。

 

そんなときに、郷ひろみの生き方とかいうドキュメンタリー番組があってこちらも録画した。

変なスカートを履いて「お嫁サンバ」を歌っていた彼。

どこか泥臭さがつきまとうタレントも60歳。

 

デビュー当時のスタイルをキープするため、コーチについて過酷なトレーニングをしたり、ニューヨークで知り合ったトレイナーとのボイストレー二ングを10年以上毎日欠かさなかったり、といかに努力のひとであるかが描かれている。

それでも、後ろ姿は前屈を矯正しても、腰は落ちているし、肥ってはいないが細い身体がくたびれて見える。

しゃべり声はしわがれておじいさんのようだ。

 

私には、ホイットニーやマイケルが薬物中毒になってしまったのと同じに見える。

自分を鍛え続けることも、薬物でめちゃくちゃになりながら鼓舞しようとするひとも、肉体をいじめるのには変わりがない。

 

以前、デザイナーの花井幸子さんがお抱えコーチについて、毎日のエクササイズを欠かさない姿をドキュメントで観た。

「なぜ。そんなにがんばるんですか?」

とインタビュアーに聞かれて、

「ひとえにハイヒールが履きたいの。ミーハーでしょ。」

と答えていた。

彼女が、限界までハイヒールにこだわる、そのことと、昔の自分で居続けるために鍛えることの間には、差があるように思える。