「いっきに世の中がまっくらになる」は、私の人生にめずらしいことではない。
週に一度の生協の注文票を記入するときとか、週に二度のごみの日にゴミ箱の袋を変えるときなど、この次までになにごとも起こらないといいが・・とドラマの伏線のようなことを考えるかなしい性癖。
先週の土曜日の夜は、まだそんな深刻な事態と思っていなかった。
ところが翌朝、犬がごはんを食べない。
手ですくってやると律儀に食べてくれるが、直後に吐く。
水は飲むから大丈夫、など好材料をさがすが、
全体に様子がしずか、前の犬のことがあるので日曜日もやっている獣医さんに連絡をして連れて行くことに。
コロナのおかげで道路が空いている。
通常一時間かかる道のりが40分ほどで到着するが、これもコロナのおかげで時間より前に着くな、というお達しである。
近くのファミレスで時間をつぶす。
ファミレスでは飲み物のテイクアウトがないので、娘が近くのコンビニへ行ってコーヒーを買ってきてくれるが、私は3個のコーヒーの乗ったトレイを膝の上でひっくり返す。
正常にものごとをとらえられない。
血液検査異常なし、ただ先生がお腹を触ると「う」と犬がうめく。
ぎょっとなる。
犬は、ひととみるときゃんきゃん寄っていくし、元気がなさそうでもないので、まあ、様子をみる、ということで帰宅。
様子見、というのは無難で、救いのほうがずっとおおきい。
が、夕方から状態がわるくなる。
前の犬が死んだ救急へ行く。
車の中で吐いたのは犬ではなく自分。
前の犬の死の恐怖から吐く。
超音波、レントゲンの結果異物を疑う要素なし、と言われ、
触診で異物があって、と言うと鼻でわらわれる。
私も獣医になって研修も積んでいますが、触診でわかるという話しは聞いたことがない、と。
またもや様子見で帰宅。
生きて帰れないかもしれない、という気持ちで家を出たのが、生きて帰ってこれた。
ところがよく明け方にまた大量の嘔吐。
次になにかあったら駆けつけることで救急から話しを通しておいた近所の獣医が開く時間までもつかどうか。
なんとか9時に連れて行くが、ここの超音波でもなにも写らない。
ただし、胃腸は正常に動いていない。
さらに検査するとすれば内視鏡しかない。
内視鏡は全身麻酔が必要で、しかも調べられる範囲は限られている。
あるいは造影剤を投与して時間をかけた検査をするか。
もう犬の体力が限界のように思うので内視鏡を選び、内視鏡の設備のある救急病院に戻る。
そこでも、異物を疑う明確な材料が見当たらない。
ただ、最初の先生の触診で異物があった、ともう一度言ってみる。
検査を待つあいだ、もしなにも見つからなかったら、帰るしかないよね、お腹切ってくださいとは言えないよね、と車のなかで夫と話している。
内視鏡検査でもなにもなかった。
ところが、この先生は触診をし、レントゲンを見直してあやしい箇所を見つけた。
このまま手術に移行します、ということになった。
これで懸念が現実となり、はっきりしたので最悪な結果ではあるが、すこしすっきりした。
手術が終わるまで家に帰り、夫は少し眠り、私は昨日までの生活がふいに断絶されたが、こっちがほんもの、というようなきもちである。
犬の小腸から出てきたものは、犬の歯磨きおもちゃの一部であった。これを噛むのがすきで、ケージのなかでカミカミしていたのが、一部が見当たらない、と夫が心配していたそのものだった。