サッチ

池上駅12時という待ち合わせだった。

10時に犬にチイをさせてから出かけよう、と思っていた。

つめたい雨が降っている。

10時になって犬を出して、小雨のなかを少しボールで遊んで、時計を見ると、あれ、もう行かなくきゃ、という気持ちになったのはなぜか?

駅に着いて1時間早いことに気がつく。

ものすごく寒い。

空はまっしろで、頭を押さえつけてくる。

男物の防寒コートに、スノーブーツという装いだ。

 

どうしよう、喫茶店で時間をつぶすのも嫌だけど、雨だし、エノモトに入るかぁ、

エノモトは、10年に一度くらいの頻度で入るケーキ屋さんで、父が池上総合病院に入院していたとき、お見舞いを持って訪れたいとことここで話しをした。

叔母から持たされてきた見舞を強引に返したっけ、

もらっておけばよかったかもしれない。

叔母の義理もそれで済んだのかもしれない。

養母がわたしがネコババしたと言っていた可能性だってある。

 

エノモトを素通りして、そうだ、畳屋さんがあった、井草の草履を買っていこう、と畳屋を探すが、見つからない。

雨のなかを歩きまわるのも大変なので、二階にあるティールームなら明るくてよいだろう、と入る。

雑誌はゴルフ雑誌のみ、新聞は朝日新聞

チャイを頼んで、うす甘いミルク入りの香辛料の入った紅茶をすすって新聞を読むうちに、気分が悪くなりそうになってあわてて頭を上げた。

キャンセルしたほうがいいかもしれない。

この気分でこの天気、耐えられるだろうか?

 

入ってきた女性客が、タバコが吸えるか、と聞いている。

大丈夫です、と答えている?!

テーブルを見ても灰皿はない、分煙にするには店内はフラットで仕切りがない。

案の定、煙くさくなってきた。

そそくさと店を出る。

今時、都内、池上線沿線である。

疑いもしなかった。

 

仕方がないので百均へ。

店内はなかなかのひと、狭いフロアーが縦に伸びている。

リボンを探すがテープしかない。

欲しいものを探すのは大変である。

 

そのときも、途中まで来たけど気分がわるくなった、と連絡を入れた方がいいか、と考えてたが。

りんかい斎場へいくバスのなかでくらくらしたことは前に書いた。

ひとつきすぎて、そろそろ連絡をしよう、と思った。

サッチの夫とは、何回か会っている。

最近は、2017年に彼の主催する文学の集まりで、20年数年ぶりでお目にかかった。

サッチと会場に入って行って、ふと気がつくとダンナが立っていた。

いつも目が笑っている。

あーっとその変わらない姿にびっくりすると同時に自分の疲れた姿が気になった。

保育園の仕事の帰りであった。

テーマが村上なので、正直あまり乗り気でなかったのだ。

あーっと驚くわたしに、「ひさしぶり?」とサッチが尋ねた。

自分のダンナだろう、ちょいちょい会ってたらへんだろう。

 

ちょっと泥臭いロマンチストで、私が僻地に赴任になった夫に着いて仕事を辞める時「幸福行き」の切符をくれた。

行きと帰りと二枚。

まだ付き合っている関係のときだったが、彼女に連れられて職場のひとたちが集まる小さな飲み屋にやってきた。

登場したときは、すでに酔っていた。

 

てっちゃんでもあり、文学青年でもあり、無頼派のような、繊細なようなひととサッチの結婚は、二ヶ所目の赴任先に届いた手紙で知った。

 

お骨がないといいな、と思っていたがお骨はしっかりとあって、にこやかな笑顔の遺影は、ややピンボケである。

私の不安と恐怖は、実際の死と関係がないらしい。

白い布に包まれた遺骨に手を併せても、不安感にはなにもひびかない、純粋な悲しみだけ。

ぽつぽつと亡くなったいきさつと、最期の24時間のことを聞いた。

 

帰ってから、喉が痛み、熱がこもり、

雨と冷えのせいか、喪失感のせいか。

でも、行けてよかった、会えてよかった。

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