猫事情

1月から3月まで、パブリック・シアターの地下稽古場で暮らし、発表会が終わり、演劇ワークショップのDVDが完成したお披露目会が行われたときには、娘は同じ家に住んでいなかった。

 

4月に猫を連れて娘が出て行ったあとの、がらんとした家は淋しい。

思わぬことに、ほとんど娘の部屋から出てこなかった猫の不在が身に染みる。

さっと影がよぎったり、足元になにかが通り過ぎた感覚があると、あ・猫、と思い、ああ、もう居ないのか、と気づく。

 

小学二年生のとき、山村留学へ行かせた。

帰国して二年になるのに学級に適応できない娘を(錬える)というような意識があったのか。

送り出してから、どうにも寂しくて猫を飼った。

ブリーダーさんから一匹だけ残っているアメショを引き取りに言ったのは、八月十五日でお盆の道路はひどく渋滞していた。

猫を連れて家に帰ると、そのころいたブックという大きなゴールデンくんがとことことこと無邪気に迎えに出て、私に抱かれたアメショはふぅっーと毛を逆立てたが、気立の良いブックは猫がふざけてからみつき、肉の垂れたほっぺにかじりついてぶらさがってもへいき。

ときどきばたばた二匹が絡み合うと、大きさの違いにその気がなくても猫を傷つけるようなことがあったら、と不安がなかったわけではないが、ばたばたともつれあい、じゃれあい、二頭は相思相愛だった。

その後来た二頭が昨年末亡くなって、今は四頭目の黒ラブがいる。

アメショは、十六歳まで生きて私が看取り、その後猫のいない淋しさに娘が譲渡会でしゃあしゃあひとになつかない猫をもらってきた。

 

猫、と思い始めると頭がぶんぶんする。

さっそく、この子という子がいて、応募すると別なひとに決まりました、と断られる。

こちらの年齢が、保護主にとってはひっかかるのだ。

年齢を理由に断られるというのは、いやなものだ。

しかし、冷静に考えればこの年で、健康体とはいえない身体で、猫を欲しがるとは無責任だ、とも思う。

猫を連れて出て行った娘は後見人になるから、猫を飼え、と積極的。

知り合いの関わっている猫カフェなるものに行ってみた。

ひさしぶりに猫に触れるとよいかんじ。

もう一件行ってみる。

この子!という三歳のトラ猫に出会った。

数日後に娘と一緒にもう一度くる、ということで決めてきた。

娘は仕事のあいまに来てくれる、と言うので車でどう行って、どう送ればいいか、駐車場まで算段していると断りのメールが入った。

私はがっくり、夫は気落ちし、娘は怒る。

年齢で落とされたんだ、とまっくらになる。

なんだろう、あの感じ。

家族三人のどんぞこの落ち込み。

たかが猫なのに。

来ると決まったこがキャンセルされた、あの喪失感。

 

こうなったら、とべつの猫カフェへ。

なんだか断られ続けているせいか、カフェの女性から拒絶されているような感じて、私は気分がわるくなり、夫と娘を置いて先に帰ってしまった。

だって、拒絶的じゃん、というと

そんなことはない、とふたり。

むこうだって、引き取ってもらいたいんだし、と。

 

二度目に行ってみると、最初にかわいいと思ったこがよくみるとあまりかわいくないような気がしてきて、私は前に断られたトラ猫lossで、どっしりとおとなしいトラをみつけて、このこ!

と決めた。

三歳の丸トラのオス。

 

ほんとうに我が家にやってくるまでの怖れ。

またキャンセル(年齢のせいで)

いやこのさき、飼っていけるのか?

たいへんなことたくさんあるよ・・。

お金もかかるよ。

頭で考えれば、よいことはなにも出てこない。

 

ようやく保護活動をする女性に連れられてやってきたのが五月二十九日月曜日。

一時半の約束が少し遅れただけで、やっぱりこないの?

と心配になる。

わが家に連れてこられた丸トラは、興奮を抑えるために薬物を投与され、そのせいで朦朧としている。

洗濯ネットにまるごと入れられて、用意した二階建てケージの中で、ネットから出される。

 

三日間、まったくエサを食べなかった。

信頼している動物病院の先生に電話をすると、猫ちゃんは食べなくなることが多い、と預かり猫で1ヶ月食べないこもいた、と。

その後、ケージに置いた皿の餌のかたちが変わってきて、そのうちきれいに完食するようになった。

一晩目は、寂しそうな悲鳴の夜泣きで眠れず。

二晩目、三晩目は夫が寝てくれた。

かれは、どうもうんちがしたくなると鳴くようだ、などと分析するが、結局寝室を丸トラに明け渡して、どうも暗いと鳴くようだ、と電気をつけっぱなしにして、やっと前のような悲鳴でなくなったし回数も減って来た、というところで私は自分のベッドに戻った。

6月10日のこと。

12日間、丸トラの夜泣きは続いた。

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