「太陽の帝国」

ビデオ・ニュースの宮台真司センセイの推薦で「太陽の帝国」J.G. バラード著を図書館から借りて読んでみる。

 

戦争というものの実質が日常生活の側からそっくり見えてくる。

主人公は子どもである。

11歳で太平洋戦争が勃発し、14歳までを日本軍の収容所で暮らすことになった上海のフランス租界の上流英国人子弟の話しである。

主人公の子どもの目線が巧みである。

戦争の気配が色濃くなってきたころ、ホテルのバルコニーから日本の砲艦を日々ながめ、カブ・スカウトでならった手旗信号を日本人の兵士に送るのだが、戦争が勃発したとき彼を捉えたのは、自分の誤った手旗信号が日本軍に伝わって戦争が始まった!

というものである。

この少年は、飛行機がなにより好きで、英国、ドイツ、アメリカの飛行機をくまなく観察している。

(てっちゃんたちの緻密で正確な観察眼を見よ!)

 

この英国少年はできることなら日本軍に志願したい、と思っている。

彼が憧れているのは零戦と日本人のパイロットである。

 

日本軍に突如占領された上海阻隔で、混乱のさなか親と生き別れて、いったんは病院に入るが、イギリス人の子どもの存在が病院の存続に不利になったとみるや、放り出されてしまう。

その後、路上や収容所にさまよう少年が、大人の男たちにいたぶられるのは、ウェストールの「海辺の王国」にそっくりである。

日本兵の孤独と、個人が集団を形成しない、という表現はなるほど、「影の獄」に描かれた日本軍の捉え方とは真逆のようであって、実は重っているような気がする。

 

少年と木村二等兵との関係

二等兵は、ジム少年から英語を習っていたのだが、戦局が危うくなってくるとやめてしまった。

 

ジムが収容所を抜け出して草むらに潜んでいるところを二等兵に見つけられる。

二等兵はふところから黒いものを出して投げつける。

榴弾が炸裂する瞬間を覚悟して身を縮めたが、落ちてきたのは亀であった。

木村二等兵が大声でわらった。

それは少年の顔だった。

肺病を病んだ少年の顔。

 

ジム少年は、自分をカミカゼパイロットと同一視し、出陣前に滑走路で行われるわびしい儀式にいつも感動を覚えた。

だぶだぶの戦闘服を着た、自分と年の差のない少年兵の子どものような顔とやわらかな鼻。

天皇陛下万歳」と叫ぶしわがれた声。

自分もかれらと共に難攻不落のパコダを攻撃し、矢のように飛翔する零戦に乗って操縦棹を握るのだ。

少年のようなパイロットとともに沖縄の米航空母艦に突っ込んでいく

 

7月の最終週食糧の配給がなくなった。

日本軍の敷いていた収容所の規律がくずれようとしている。

ジム少年は過酷な統制が敷かれていた収容所生活が懐かしい、もう一度日本軍の規律下に置かれたいと願う。

一生を収容所で暮らしたいとまで思う。

空から落ちてきたアメリカ人パイロットの死。

パラシュートにぐるぐる巻かれた日本人伍長

 

日本兵はますますヒステリックに自暴自棄となり、収容者に興味を失ったようだ。

収容所を力で支配してきた日本兵が、じわじわと追い詰められ、結局は無惨殺されることになる末路が読んでいて苦しい。

 

ロシアが対日戦争に参戦したニュースのあと、フェンスの見張りをする日本兵がいなくなる。

《キャンプは奇妙な真空に包まれていた。》

 

・・・ここまででまだ三分の二、残りページ三分の一、ふ〜ぅ

 

窃盗集団の後について、収容所を逃げたジムは、集団を率いるアメリカ人中尉がすきあらば自分を殺そうとしていることに気づき、ふたたび収容所にもどるのである。

そこで、自分の居た部屋に入ると、彼をいまわしく追い払おうとしていた一家の女主人の使っていたベッドに座ってみる。

ジム少年はどうしてもこの残酷な英国人女性がきらいになれなかった。

《まったく別な光景がみえ、またべつの戦争が生みだされる。》

 

部屋を出て、廊下から裏口に出ると、そこには子どもたちの遊び場だった。石蹴り、ビー玉、ケンカ独楽の跡が地面に残っていた。

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