会話

一時間かかる通勤の車内、隣に座ったのは太めの男性で、隣りは奥さんだろう、だいたいのところ切れ目なく会話が続いている。

奥さんらしいひとの、男性を励まそうとする声が静かだが切羽つまっている。

ぽつぽつ話す男性の気弱なことばに興味がひかれる。

この男性は家事をするのだな、というのと、夫婦にしてはずいぶんていねいな会話だな、とひょっとすると夫婦ではないのかもしれない、とも思う。

一緒に住んでいて、どうも子どもたちもまだひとりかふたり家にいて、彼女のほうが働きに出ている。

彼の方は働けない、家にいるのに思うように家事ができない、というところではないか。

「週に一度でも、買い物ぐらいひとりで行きたい」

と二、三回言っている。

「はじめは一緒に行ってさ、慣れて来たらでいいよ、慣れて来たら、たまに牛乳や米を買っておいてもらえればさ、こっちもらくじゃん」と言っている。

彼女の口からは、会社ということばが出る。

「会社に持っていくからあのペット・ボトルは捨てないで、とっておこうと思って取り出すとまた捨てられてるからさ、だれがやってんだろう、ゆうすけかな」

「・・あ。おれだよ、おれ」

彼女が会社で働き、彼の方は家にいる生活。

家に居る生活に慣れず、退院してからもなかなか思うように動けない、という感じか。

想像を全力でたくましくして、イヤホンを耳からはずして隣りに聞き耳をたてる。

「いいよ、午前中は寝てなよ、7時に朝ごはんだけ食べてさ、昼ごはんに起きてきて、そこからにしたら?」

そうか、この家の朝食は7時なんだな、このひとは朝食の後片付けをして仕事に行きたいから、ダンナが食べないまま昼まで寝てるのはいやなのか。

「あたしも16年家にいたじゃん、子育てが終わって働きに出るまで。正直言っちゃえばやらなくても平気な部分もあるし」

と、だらだらしている自分を責めているかの夫をなんとかフォローしようとしている。

フォローされても夫の憂鬱は晴れないらしい。

でもなぁ、とか、無言のままとか。

黙る時間の重さ。

座席に並んで座るふたりの抱える現実。

 

「ジイジなんてさ、ひとりになってから自分の身の回りのことしてるからぼけないんだよ、1日3回ごはん作って食べてるじゃん」

実家の父親のことを言っているのだ。

「飯作るのがうまいからな、でもナニナニの作る飯は最高だよ」

奥さんの名前を言ったのだ、と思う。

奥さんが黙ったから。

 

ふたりが降りていくとき、周囲を見回すふりをして、顔を見てしまう。

奥さんの格好は若いけど、やつれた深刻な顔をしていた。

旦那も太っているが、弱々しい。

話しからは60か61歳くらいではないか。

もう40だよ、というのは息子のことだろう。

20歳で結婚して21で産まれてきた子ども、と言っていた。

 

今朝になっても、あの夫婦はどうしたろう、などと考えている。