満月

犬と一緒にスーパーの出入り口にあるベンチに座っていると、足を引きずりながらスーパーから出てきた女性が隣りに腰掛けた。

たいてい大型犬と座っていると敬遠してだれも座らないのだが、買い物を終えて一息つきたい、という感じのどっしりした女性は静かに私の隣りに腰掛けた。

犬のリードを踏んで足元にフセの格好をさせる。

この犬はいざとなったら、リードを掴む私もベンチごとひっくり返せる力を持っているのだが。

 

「わたしは若い頃から犬に吠えられるたちで」

と話し出す。

「どんな犬でもわたしには吠えるの」

そうですか、と相槌を打つと。

「三件向こうの家も、前を通っただけで中から鳴き声がするの。主人に言うとあの家に犬はいないよ、って、じゃあ行ってみましょう、ってふたりで家の前を通ったら、やっばり中から吠えられた。えー犬が居たんだぁって主人が驚いてた。」

わらっていると夫がスーパーから出てきて、犬がすくっと立ち上がり、私も静かに話す女性に「しつれいします」とベンチを立った。

 

駅のATMで夫の通帳の印字をする。

ロータリー側にあった銀行はみんな消えてしまい駅の建物に主要銀行のATMが並んでいる。

犬を夫に頼んで、列に並ぶ。

月曜日の朝で混んでいる。

私の前にひとりというところで、あれ、忘れ物だ!

と右端のATM機の前でいざ操作しようとしたおじいさんが振り向いた。

カード忘れてるよ、まだそのへんに居ないかな、と外を見るが、一体どんなひとだったか覚えていない。

おじいさんだったような気がする、と私が言うと、いや黒いズボンをはいた女性だ、と確信を持って振り返った左端の機械を使っていた女性。

3台ある機械の真ん中の女性が

「私探してきます」

と操作していた機械から離れて外へ出て行った。

ぼくどうしたらいいかな、と忘れ物ののカードをどうしてよいかわからない左端のおじいさん。

警察行ったほうがいいと思けど、ひとりじゃやだなあ、と言う。

印字中の機械の前で、わたし行きますよ、とおじいさんに言うのだが、夫の通帳は、

「繰越しますか」と文字が出て「繰越」のボタンを押すと、延々と印字している。

いつまでも終わらない。

・・と犬がものすごい声でわんわん吠える声が聞こえてくる。

私の犬である。

印字中のがちゃんがちゃんの音、忘れ物のカードをなんとかしようとうろたえるおじいさん、親切に探しに行った女性、印字が終わったら一緒に警察へ行こうとしている自分。

周囲が困惑する物騒な声で吠えるガードレールに繋がれた犬。

姿がみえない夫。

・と探しに行った女性が戻ってきて、もうみつからない、と言う。

おじいさんが今から警察に一緒に行ってくれる?と頼むと、快くいいですよ、とふたりで落とし物のカードを持って駅前の駐在所へ早足でむかった。

 

私はやっと印字終了、ほっとして外へ出ると夫がちゃっかり犬の横に立っている。

犬を放置した夫にがみがみ怒っていると、周囲からの視線を感じる。

なんだぁこのおばはんうるせぇな〜、

これじゃあダンナもたいへんだろう・・

同情するよ、オレは〜

と言う視線。

気が弱そうにへらへらごめんごめん、隣りのATM空いてたからつい、などと頭を掻くだんなを世間は擁護する。

こういう場面を100回くり返している私に同情なし。

 

なんだかいろいろな散歩だった。

夜になったら満月で、それは美しい月夜であった。

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